フィリップ・ジョルダン指揮

PMFオーケストラ演奏会

 

2007年7月21日 18時~

旭川市民文化会館

 

<曲目>

ベートーヴェン作曲

 序曲「レオノーレ」第3番作品72b

ヴィリ作曲

 クラリネット協奏曲「エゴー・エイミ」

  クラリネット:ペーター・シュミードル

サン=サーンス作曲

 演奏会用小品ト長調作品154

  ハープ:クサヴィエ・ドゥ・メストレ

ストラヴィンスキー作曲

 バレエ音楽「春の祭典」

 

<感想>

 今年も,夏がやってきた。

 毎年恒例となった,札幌を拠点とした音楽祭であるPMFが,今や北海道の夏を感じさせる風物詩にもなっており,ここ最近は札幌に出かけてPMFオーケストラの演奏会を聴きに行っていたが,今年は旭川にもフルオーケストラが来るということで,楽しみに当日を迎えた。

 そもそも,私とPMFの出会いは,初めて開催された1990年の演奏会に遡る。

 と言っても,この貴重な演奏会を残念ながら生で聴いたわけではないのだが,後年にNHKで放送された映像で目にしたのである。

 巨匠中の巨匠であるレナード・バーンスタイン(以降レニーとする)が,練習やリハーサル(ゲネプロ?)で,若手のPMF受講生に音楽精神を注入している場面,そしてコンサートの模様(残念ながら1曲しか収録されていなかった)が映し出され,その演奏に震え上がったものである。

 その曲目は,シューマンの交響曲第2番で,レニーが得意としていた曲でもあり,シューマンが精神的にも病んでいた頃の曲であるが,この難解な曲を見事に聴かせてくれていた。

 最近,この模様を記したDVDが発売され(以前はLDが発売されていた),早速購入して改めて聴くが,その感動はいつも蘇ってきて,レニーの同曲の名盤でもあるウィーン・フィルとの演奏をも凌駕していると言っても過言ではない。

 レニーは同年に亡くなってしまうこと鑑みれば,レニーの生涯最後にして渾身の力演,そして音楽教育であったのではなかろうか。

 レニーは数多い名演や曲をこの世に残したが,このPMFもレニーの遺産と言ってもよく,北海道の芸術水準を飛躍的に向上させたのではないか(後年にKitaraが建設されたのも,PMFがあってのことと思う)

 私が,生のPMFに触れること(PMFデビュー)ができたのは,2002年であった。

 このときの指揮者は,ときのNHK交響楽団の音楽監督のシャルル・デュトワで,曲はラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」,プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番,R・シュトラウスのアルプス交響曲であったが,それまでの10数年間PMFに行かなかった私がこの演奏会に行ったのは,実はオケを聴きたかったのではなく,プロコフィエフのピアノ独奏のマルタ・アルゲリッチを聴きたかったためであった(少し不純だが)

 ただ,この後,PMFに行くようになり,翌2003年は旭川において開催されたコンサート(ベルナルド・ハイティンク指揮),2004年の札幌(ヴァレリー・ゲルギエフ指揮),と3年連続聴くことができた。

 その後は,仕事との都合がつかず断念していたが,本年,地元・旭川の4年ぶりの演奏会ということもあり,張り切って聴きに行ったわけである。

 演奏前に,PMFの面々がパラパラと舞台に両袖から登場するのだが,あどけない顔立ちのメンバーも多いのだが,これがPMFを聴きに来ているという実感が持てる瞬間でもあった。

 今回の演奏会は4曲で,古典から現代までの幅広い作品が用意されていたが,私が聴いたことのある曲は1曲目のベートーヴェンと4曲目のストラヴィンスキーの2曲しかなかった。

 1曲目のベートーヴェンの序曲「レオノーレ」第3番は,演奏会用の序曲としては定番中の定番で,楽しみにしていた曲でもあったが,国際色豊かで若いPMFがどのような演奏を聴かせてくれるかが興味深かった。

 結果から言うと,想像を遙かに超えた名演といって良いだろう。

 PMFの特徴としては,指揮者に真摯に答える演奏というのがまず挙げられるが,この演奏もしかりで,その指揮者であるフィリップ・ジョルダンの力量を感じさせるものであった。

 33歳のジョルダンという指揮者は,その若さに似合わぬ重心の低い演奏を聴かせ,この辺はいかにもオペラで鍛えられているといった印象である。

 曲のバランスやテンポはもとより,表現が既に大人であり,曲に対して真正面からぶつかっていく様は,この若さにしては考えられないような完成度を持っており,今後の活躍に注目したい。

 なお,曲中の金管ファンファーレも舞台裏から鳴らすこだわりようであった。

 2曲目はヴィリのクラリネット協奏曲であったが,この現在音楽の魅力を十分に聴かせていたのがクラリネット独奏のペーター・シュミードルであった。

 シュミードルは,ご存じの方も多いが,ウィーン・フィルの首席奏者を長く務める傍ら,ソロや室内楽の活動を行い,今や世界のトップ・クラリネット奏者と言っても過言ではないであろう。

 何せ,この曲は作曲されたのが2年前ということもあり,普段は聴くことができないのであるが,これはシュミードルも同様のようで,スコア(楽譜)を見ながらの演奏であったが,実際の演奏を聴くとスコアがなくてはとてもではないが弾くことができないであろう難易度の高い曲であった。

 曲の内容は,現代音楽らしい難解な場面と,何となく親しみやすい場面が繰り返される曲で,シュミードルのクラリネットの円熟さもさることながら,引き込まれるような演奏でもあった。

 なお,会場にはこの曲を作曲したヴィリの姿もあり,演奏終了後に会場から舞台に登壇し,指揮者やソリストと握手を交わしていたが,その満面の笑みからも今回の演奏が好演であったことを物語っている。

 3曲目は,サン=サーンスの演奏会用小品であったが,この曲もあまり馴染みのない曲であったが,聴いてみると何となくフランスのロマン派的な楽想で,ときにサン=サーンスらしい旋律が浮かび上がってくる曲であった。

 何より目を引いたのが,ハープ独奏のクサヴィエ・ドゥ・メストレである。

 通常,ハープは女性が弾くものというイメージがあるが,彼は美形の長身男性で,一緒にコンサートに行った私の妻も「かっこいい」と言うほど・・・。

 彼はウィーン・フィルの首席奏者で,毎年1月1日に行われるニュー・イヤー・コンサートにおいてもハープを弾いている姿が見ることが今までは出ていたので,興味のある方はニュー・イヤー・コンサートをお楽しみに(ハープの出番がないと当然出ませんが・・・)

 演奏は,普段あまり聴くことのできない生のハープの洗練された音色に引き込まれ,ハープの魅力を十二分に発揮したものであった。

 最後の4曲目のメインの曲は,ストラヴィンスキーの「春の祭典」であった。

 私がこの曲を初めて聴いたときには,全く理解のできなかった曲で,それ以来ストラヴィンスキーが嫌いになってしまったという因縁の曲であった。

 最近は聴くようになったものの,今回は初めての生演奏と言うことで,正にこれが因縁の対決か。

 何が苦手だったかというと,曲には「拍子」というものがある。

 簡単に言えば2/4拍子であるとか,3/4拍子のワルツであるとかであるが,この曲の全曲の最後を飾る「生贄の踊り」は5/8拍子や7/8拍子が出てくる,いわゆる変拍子であり,しかも周期性がなく,単に小節内に音符を入れただけのような感じがして当時は理解不能であった。

 ちなみに単に5拍子というのであれば,チャイコフスキーの悲愴交響曲の第2楽章やラヴェルのダフニスとクロエの全員の踊りなどがあるが,もちろん変拍子ではない。

 さて,演奏であるが,曲が曲だけに「春の祭典」が「オーケストラの祭典」となっていた。

 PMFの若手の元気さが伝わってくる演奏で,その躍動感には興奮まで覚えたほどで,PMFならではといって良いだろう。

 今回の演奏会で特筆したいのは,指揮者のフィリップ・ジョルダンである。

 ベートーヴェンでは,PMFにドイツの音楽を弾かせ,堂々とした大上段の音楽を造っており,ヴィリやサン=サーンスでは,ソリストを十分に意識した演奏を展開,そしてストラヴィンスキーは型にはまることのない若者達の良さをうまくリードした快演を聴かせてくれた。

 近年は,多くの若手指揮者がデビューし,様々な演奏をCDで聴いてきたが,このジョルダンは他の指揮者とは一線を画す存在感と表現力を感じる。

 このジョルダンの演奏を聴いていると,現在,ドイツを中心に活躍している指揮者のクリスティアン・ティーレマンのデビュー時にも似た印象があった(もっとも,ティーレマンの場合は,よりドイツ的ではあったが)

 繰り返しになるが,今後のこの指揮者には注目していきたい。

 非常に良いコンサートであったが,残念なこともあった。

 旭川市民文化会館大ホールの音響の悪さである。

 あまり書きたくない話題であったが,正直に書かせていただく。

 旭川市民文化会館は,そもそも多目的ホールであることから,特に音響にこだわっているものではないのであるが,今回のPMFの演奏会を聴いて改めて感じたのは,曲にもよるのであるが非常に聴きづらいホールである。

 例えば,ベートーヴェンのような曲であると,ある程度は我慢できるのであるが,最悪は大編成で金管・打楽器が猛烈な「春の祭典」では,音は割れてしまい,響きも立体的ではなく,残響も全くないというかなり聴きづらいものであった。

 せっかくの良い演奏も,これでは台無しであり,何とか改善の余地はないだろうか。

 

<フィリップ・ジョルダン プロフィール>

1974年,チューリッヒ生まれ。現在,ベルリン国立歌劇場首席客演指揮者をつとめる。

1998年~2001年にベルリン国立劇場でダニエル・バレンボイムのアシスタントをつとめ,2001年~2004年にはグラーツ歌劇場と管弦楽団の首席指揮者となる。

2001年,ヒューストン・グランド・オペラでアメリカでのデビューを飾った後,メトロポリタン歌劇場,コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラ・ハウス,バイエルン州立歌劇場,ザルツブルク音楽祭などに出演。

オーケストラでは,ベルリン・フィル,ウィーン・フィルをはじめ,フィルハーモニア管,北ドイツ放送響,セントルイス響,ミネソタ管などに客演。

2007年にはフィラデルフィア管,クリーヴランド管,シカゴ響にデビューする。

 

<PMFオーケストラ>

 パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)は,世界の若手音楽家の育成を目的とした国際教育音楽祭で,20世紀を代表する音楽家のレナード・バーンスタインの提唱で1990年に始まり,毎年夏,札幌を主会場に開かれている。

 PMFの中心は,世界を代表する音楽家を教授陣に迎え,世界各地からオーディションで選ばれた若手音楽家を育成する教育プログラム「PMFアカデミー」で,毎年,緑豊かな札幌芸術の森で,高い技術と豊富な経験を若手音楽家に伝える感動的な指導風景が繰り広げられている。

PMFアカデミーでは,「オーケストラコース」,「コンポジションコース」,「弦楽四重奏コース」を設け,7月に約4週間にわたる密度高いカリキュラムを実施している。

また世界的レベルの音楽指導を広く一般の方にも公開する「聴講生プログラム」や小・中・高校の音楽教師等を対象とした「教育セミナー」も開かれている。

Pacific(パシフィック)は平和を意味しており,音楽教育を通じて世界平和を希求したバーンスタインの願いがこめられており,毎年,国籍や言葉の壁を超えた交流とハーモニーが奏でられ,世界に広がっている。