尾高忠明指揮
札幌交響楽団演奏会
2008年3月30日 18時〜
旭川市民文化会館大ホール
<曲目>
ベートーヴェン作曲
劇付随音楽「エグモント」作品84より序曲
ラフマニノフ作曲
ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18
ピアノ:清水和音
ベートーヴェン作曲
交響曲第7番イ長調作品92
<感想>
最近,多忙によりなかなかコンサートへ出かけることができなかった。
特に,旭川において行われるクラシックのコンサートは,独奏または室内楽が中心であり,オーケストラの演奏会となると札幌のKitaraまで出かけなければならないのが普通であるが,年度末の3月30日に旭川市民文化会館の自主文化事業で札幌交響楽団(以下札響という)演奏会が開催されることとなり,地元で聴ける演奏会ということ,久しぶりのオーケストラ演奏会(恥ずかしながら前回は昨年夏のPMFオーケストラ旭川公演)となり,期待感を持って演奏会に出かけた。
このような中,このコンサートのチケット購入に当たって,そもそも普通では考えられないこととして,旭川市民文化会館大ホールでのオーケストラ演奏会にもかかわらず,何と全席自由というのは正直驚いた。
まぁ,余裕を持って会場に行けば・・・,と思っていたのであるが,急用が入ってしまって,会場に到着したのが開演10分前となってしまい,思った場所に座ることができなかったが,これが意外な好結果につながるとは,この時点では思いも寄らなかった(後述)。
さて,今回の札響演奏会は,私にとっては色々な興味があった。
まずは,久しぶりの札響の演奏会であること,ライヴでは初めての尾高忠明の指揮,ソリストの清水和音の演奏ぶり,そして演奏会プログラムが充実していることである。
上記の点を中心に,これから演奏会の内容について触れたいと思う。
まずは,ベートーヴェンの「エグモント」序曲であるが,この重たい曲をどのように尾高&札響が料理するのかを注目していたが,尾高は木管楽器を若干強めに吹かせることにより変化をつけるといった手法を取ることにより,重々しさを解消しようとしていたことが感じられた。
とは言うものの,そもそもこの曲の重たさがなくなるわけではないが,印象的には悪くはなかった。
次に,ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番であるが,清水和音の円熟したソロに満足いくものがあった。
清水和音は,1981年にロン=ティボー国際コンクールピアノ部門において優勝してからデビューし,その後,私が中学生の頃に旭川でリサイタルを行い,それを聴きに行ったときの印象と比較し,成熟した音楽感を感じることができた(もっとも,古い記憶であるので当てにはできないが・・・)。
第1楽章の始まりのソロの動機付け,印象付けも極めて濃く,第2楽章の繊細な表現力や透明感溢れる音色は秀逸していた。
また,曲全体を捉えての解釈には見事なものがあり,最近の活躍ぶりを十分に彷彿させる演奏だったと言える。
加えて,札響の演奏もその清水和音の解釈をより理解しており,ソロを活かした音量も適当であり,伴奏指揮者としての尾高の評価も上がるというものである。
第3楽章のコーダの盛り上がりも悪くなく,なかなかの好演であったと言えよう。
さて,メインディッシュのベートーヴェンの交響曲第7番(以降ベト7という)であるが,メインディッシュだけに多く語らせていただく。
この曲は,「のだめカンタービレ」で一躍有名になったわけであるが,その以前から演奏会プログラムになることが非常に多い曲であり,特に外国のオーケストラの来日公演では,ブラームスの交響曲第1番と並んで,よく演奏された曲である。
余談ではあるが,「のだめカンタービレ」のブレイク以降,日本の各オーケストラの演奏会でこの曲を取り上げると,その演奏会が満席になるという現象がおきているらしく,改めてメディアの力を感じるわけであるが,クラシック音楽の理解度向上にこのドラマが大きく貢献していることには間違いない。
私もこの曲はお気に入りの曲で,古くはフルトヴェングラーやメンゲルベルクの名演,20世紀後半ではヨッフムやベームの来日公演,勢いのあるカルロス・クライバーの名演ライヴやブリュッヘンの古楽器演奏,マタチッチとN響のライヴ,ティーレマンの巨匠風名演,そして21世紀ではノリントンやラトル,スクロヴァチェフスキー,プレトーニョフ,ヤルヴィの快演などもあり,盛りだくさんで様々なスタイルの録音でも楽しめる。
私は,実演(ライヴ)でベト7を聴くのは3回目であり,初回は中学生の頃,札幌厚生年金会館でオトマール・スウィトナー指揮のドレスデン国立歌劇場管弦楽団,2回目が2000年9月に旭川市民文化会館でのステファン・ザンデルリンク指揮のNHK交響楽団であった。
前者は,人生初めての海外オケ演奏会,しかもシュターツカペレ・ドレスデンという申し分ない演奏会で,ドイツ的な音響を初めて体感した時でもあった。
後者は,私が旭川市役所で当時関わっていた仕事である2000年記念事業の一環として行われた演奏会であり,両者とも様々な意味で思い出深いものであった。
さて,今回の札響旭川公演のベト7はどうだったかというと,なかなかの演奏であったとまず言っておこう。
まず特記すべきことは,楽器配置である。
指揮者から向かって左から扇形に第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,正面にチェロ右にヴィオラという変則的なものであったが,これは「エグモント」序曲もラフマニノフのピアノ協奏曲も同様であったが,良い意味でこの配置の一番効果が現れたのが,メインプログラムのベト7ではなくラフマニノフのピアノ協奏曲であった。
演奏のスタイルとしては現代風ではなくむしろ旧スタイル(オールドスタイル)に近いもので,さらにはオーソドックスな演奏であり,前述した録音,例えば21世紀以降のものでいうとラトルやノリントンなどとは違い,また当然のごとく最近流行の古楽器演奏とは大きく違うもので,どこか懐かしく,昔聴いた曲の新鮮さ(古楽器演奏などは曲の新鮮さよりも演奏の新鮮さが前に出てきている)が呼び戻ってきた印象すら受けた。
もちろん,CDに代表される録音では得られないライヴならではの情報量の多さも起因しているとは思うが・・・。
また,曲全体としてテンポの揺れは一切なく,むしろ強弱で装飾する演奏スタイルで,指揮者の尾高らしい演奏内容である。
さて,各楽章の演奏内容であるが,各楽章の最初の一音のf(フォルテ)が他の演奏よりも強調されており,かのバーンスタインが弟子に対してこのベト7の各楽章の冒頭の一音を「ベートーヴェンのびっくりシンフォニー(ハイドンの驚愕交響曲に例えて)」と語ったことを思い出した。
第1楽章は,テンポは前述のとおり一定で,遅くもなく早くもなくといったところであった。
指定のリピートもこなし,かつ重さも感じさせない演奏であったが,ホルンのミスはいただけなかった。
第2楽章もやはり第1楽章同様,遅くもなく早くもないテンポで進められるのであるが,私はもう少しテンポを落としての演奏が好みであるが,その点では若干期待外れであった。
ある意味では中庸なテンポとされてしまいがちだが,しかし音の強弱のメリハリが効いており,そのメリハリも昨今の古楽器演奏のような細かいものではなく,フルオーケストラでの大きなものであることから,曲自体を飽きさせないものであった。
第3楽章は,尾高の良いところが前面に出ていたこの曲一番の好演ではなかっただろうか。
テンポも快活で,オーケストラの鳴りも良く,相変わらずテンポの変化はないがスムーズな強弱をつけていた。
なお,この楽章も指定のリピートがこなされていた。
第4楽章であるが,この楽章にもなると,かなり熱気を帯びてきて,熱演が展開された。
札響のパワーを見せつけるような演奏ではあったが,逆に音が乱雑になる場面も見受けられた。
第1楽章及び第3楽章ではリピートを指定どおり行ったが,ここではリピートなしで,この辺のこだわりが尾高らしく,一気呵成に第4楽章を駆けるのに当たってリピートの必要がないということであり,これもオールドスタイルを思い出させるようであった。
さて,このベト7の良いところ,そうではないところを書いてきたが,総体的には前述のとおり,なかなかの演奏であったと言えよう。
全体を通じて,確かにテンポの変化はなく,中庸であると言われがちな演奏ではあったか,細かいところ,例えば前述のとおりの流れるような強弱の付け方,強めのティンパニ,そして全ての楽章通じて木管楽器を浮き上がらせる演奏であったりと,オーソドックスな演奏でありながらもメリハリが効いており,さらには各セッションの合奏(いわゆる縦線)がしっかり揃っているところは,「さすが尾高」と唸らせられた。
ただ,昔聴いた札響の金管と比較し,それよりも大人しくなっていた印象を持ったのは私だけであろうか(かなり古い記憶であるので,定かではないが)。
そして,アンコールが絶品であったことを特記したい。
シューベルトの劇付随音楽「ロザムンデ」間奏曲であったのだが,しなやかな弦楽器,のびのびとした木管楽器が相まって,素晴らしい演奏を聴かせてくれた。
食事に例えるのなら,若干重い前菜(エグモント)の後,非常にへビーなメインディッシュが2つ(ラフマニノフ及びベートーヴェン)食べた後に,デザートとしてこってりとした北海道のミルクを使ったアイスクリームではなく,気品溢れるブルーマウンテンのコーヒーが出てくるようなものである。
尾高のセンスの良さと札響の音色に素直に感銘を受けた。
この札響の音色を聴いていると,北欧もの(シベリウスなど)やイギリスもの(エルガーなど)が得意としているオーケストラであるとわかり,正直これらの実演を聴いてみたくなった。
そろそろ総括に入るが,現在(過去も),旭川においては良くて年1回,下手すると数年に1回しかオーケストラの演奏会を聴くことができない。
運良く平成19年度はPMFオーケストラと今回の札響の2度聴くことができたものの,平成20年度の予定はまだ分からない状況だ(PMFオーケストラは来る予定がない)。
今回,会場は満席で,興行的にも成功と言えるが,何よりも滅多に聴くことができないオーケストラを安価に聴くことができるのは,市民にとっても素晴らしいことで,今後も旭川市民文化会館の自主事業や札響の定期演奏会などで,旭川市において「年に1度の札響」をキャッチフレーズに,毎年,演奏会が開催されることを望みたい。
さて,最後になるが,旭川市民文化会館の音響についてである。
前にこのコーナー(PMFオーケストラ旭川公演)で,旭川市民文化会館大ホールの音響の悪さを述べたところであるが,今回は意外にもその悪さを感じなかった(もっとも良いとは思わないが・・・)。
その要因としては,1つにはPMFの時はオーケストラの人数が多く,札響よりもオケ・メンバー個々の音量が大きく,さらには演奏曲目のメインがストラヴィンスキーの「春の祭典」であったことから,金管がバリバリ鳴っており,ホールの響きの悪さが大きく出てしまったこと,2つ目には前回と今回の席が異なっていたことが挙げられる。
前者については,解決が難しい問題であるが,後者については意外にも客席中央付近よりも後部の方がこの程度の編成の曲を聴くには良いことが偶然に分かった(偶然とは前記のとおり)。
皆様も,旭川市民文化会館大ホールについては,当日の演奏曲目などを判断しながら席を選択することをお薦めする。
<尾高忠明>
端正な造形の中に,熱い共感が込められた音楽が特徴で,エルガーやウォルトンなど,海外での活躍の本拠地でもあるイギリス音楽も得意とする。
作曲家・指揮者であった尾高尚忠の次男として生まれ,兄は作曲家の尾高惇忠という音楽一家。
桐朋学園で斎藤秀雄に指揮を師事し,NHK交響楽団指揮研究員を経て,ウィーン音楽大学に留学,ハンス・スワロフスキーに師事。
1971年にNHK交響楽団を指揮してデビューを果たし,その後東京フィルハーモニー交響楽団,読売日本交響楽団の常任指揮者となる。
1998年より札幌交響楽団の常任指揮者,2004年より音楽監督に就任。
<清水和音>
1960年生まれの,日本を代表するピアニストにひとり。
桐朋学園高校音楽科卒業後,1980年にジュネーヴ音楽院に留学し,翌1981年のロン=ティボー国際コンクールピアノ部門で優勝。
繊細な氷原と透明な音色,知的な楽曲解釈を特徴とし,美音については定評がある。
ドビュッシー以降の近現代の音楽はほとんど録音していないが,バロックからウィーン古典派,ロマン派,国民楽派を得意とし,中でもベートーヴェンとショパンは,レパートリーにおいてとりわけ重要な位置を占めている。
<札幌交響楽団>
1961年7月札幌市民交響楽団として発足,翌年3月には財団法人札幌交響楽団となり,北海道唯一のプロ・オーケストラとして「札響」の愛称で親しまれる。
初代常任指揮者・荒谷正雄のもとで1961年9月に第1回定期演奏会を札幌市民会館にて開催。
1969年には第2代常任指揮者にドイツからペーター・シュヴァルツを迎える。
1975年には初の海外公演として,アメリカ(ポートランド),ドイツ(ミュンヘン,ガルミッシュパルテンキルヘン)にて演奏。
同年,岩城宏之を正指揮者に迎え,1978年には音楽監督・正指揮者に就任。
1981年,音楽監督・岩城宏之のもと,尾高忠明が正指揮者に就任。
1985年,黒澤明監督の映画「乱」のサウンドトラック収録(武満徹・作曲)を担当し大きな反響を呼んだ。
1998年からミュージック・アドヴァイザー・常任指揮者に尾高忠明が就任。
創立40周年の2001年,記念事業として英国で開催された日本文化紹介のフェスティバル「Japan 2001」に招請され,英国内4カ国の首都を含む7都市での公演を実施。
公演に先駆けて武満徹他邦人作品のみを収録したCDを世界発売し大きな話題を集めた。2004年には尾高忠明が音楽監督に就任。