ハンス・トレヴァンツ指揮

NHK交響楽団演奏会

 

2008年9月5日 19時〜

旭川市民文化会館大ホール

 

<曲目>

ドヴォルザーク作曲

 交響詩「野と」作品110

モーツァルト作曲

 ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216

  ヴァイオリン:小野明子

ドヴォルザーク作曲

 交響曲第8番ト長調作品88

 

<感想>

 今年2回目のオーケストラのコンサートであった。

3月に札幌交響楽団の演奏会が旭川であったが,それに続いて今回のNHK交響楽団(以下N響)で,年2回もオーケストラのコンサートがこの旭川で聴くことができるのは珍しく,会場もほぼ満員であり,曲目の割にはオーケストラへの関心の高さが伺えた。

 さて,その曲目であるが,上記のとおり一般的には派手なものとは決して言えないものであったが,その演奏については満足が得られた。

 まず,1曲目の今回のプログラムでは一番マイナーな曲であるドヴォルザークの交響詩「野と」であるが,曲の若干の解説をしておく。

 ドヴォルザークは,チェコの国民的な詩人カレル・ヤロミール・エルベンの「花束」という詩集の中のバラードにインスピレーションを得て,4曲の交響詩を立て続けに作曲しているが。その中の最後の曲がこの「野と」であり,4曲中で一番演奏頻度の高い曲である。

物語は,夫の死を若い未亡人が嘆くところから始まるが,その涙は偽りの涙であり,やがて若い美形の男が未亡人に近づいて結婚することとなるが,亡くなった先夫の墓の上に樫の木が生え,野ばとが巣を作って悲しげな声で鳴くが,妻はその声を聞いて発狂して自殺してしまい,実は先夫は彼女が毒殺したのであったという内容。

音楽はこの物語を忠実になぞり,葬送の音楽から始まり,若い男と出会う未亡人の心のざわめき,結婚の祝宴,悲しげな野鳩の鳴き声を描き出し,最後は妻の罪を赦すかのように穏やかな形で終了する。

 さて,今回のN響の演奏であるが,もう一つ物足りなさを正直感じた。

 それは,曲の作りがあまりにも客観的すぎるのである。

 上記のようなバラードであるからこそ,指揮者の感情移入が演奏に表れていいのではないかと思うのであるが,それが感じ取れない演奏であったのが残念であった。

 もちろん,N響の演奏自体が悪かったわけではないのであるが,物足りなさを感じざるを得ない演奏であった。

 次に,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番であるが,小野明子のヴァイオリンが冴えており,見事な演奏であった。

 小野明子のヴァイオリンを聴いていると,創造性の点では訴えるものが多く感じられなかったが,モーツァルトの楽譜を読み込んだ非常に澄んだ演奏であり,爽やかなモーツァルト像を形成していた。

 次回は是非,感情移入のできる曲(例えばメンデルスゾーンやチャイコフスキーなど)で再度,演奏を聴いてみたいものだ。

 さらに,N響のバックアップも非常に穏やかであったのも印象的であった。

 最後に,ドヴォルザークの交響曲第8番であるが,非常に重厚な贅沢な演奏であった。

 前記の交響詩「野と」の演奏が今一つであったことから,同じドヴォルザークの曲をどのように指揮者のトレヴァンツが料理をするかと注目をしたが,「野と」とは異なり素晴らしいものであった。

 その演奏であるが,スタイルとしてはオーソドックスで,個性豊かな演奏が好きな私としては,このスタイルは好みではない。

しかし,その堂々とした骨太の演奏は好感が持てるし,何よりもこの曲をこのように雄大に演奏するというのは,中々若手の指揮者には求められず,ベテラン指揮者のトレヴァンツならではであろう。

第1楽章冒頭のテンポが非常に遅く(このような遅い冒頭を聴いたのは初めてであった),その後の進行もゆったりしており,節回しの大きさやボヘミアの郷愁感溢れる演奏を展開していた。

これによって,この決して派手ではないメイン・プログラムの曲を,それに恥じないものとしていた。

N響も,弦楽器の雄大さや金管楽器の高揚感も良く,総合的には素晴らしい演奏となっていた。

なお,アンコールはモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」序曲であったが,せっかくドヴォルザークの交響曲でオーケストラの編成を大きくした後であるのであれば,同じドヴォルザークの大編成の曲,例えば序曲(謝肉祭など)やスラヴ舞曲などを聴いてみたかった(「フィガロの結婚」序曲を大編成オケで演奏した)

 

<ハンス・トレヴァンツ>


1929年ドレスデンに生まれでフランクフルトの音楽学校で勉強したあと,フランクフルト歌劇場へ進み,ゲオルク・ショルティの門下生となる。

後にショルティの私設助手となり,また歌劇場の研究部門の代表となる。

1963年にダルムシュタット州立劇場の音楽監督に当時としては国内最年少で就任し,1995年まで活動した。

ドレヴァンツは非常に幅広い演目を持ち,客演指揮者としても成功を収めた。

また,彼の芸術活動の基本である古典派やロマン派の作品とは別に,彼は若い作曲家による新しい音楽の試作曲にも大きな関心を寄せ指導した。

その他の演目分野には,マーラーやハルトマンのほかに,ショスタコーヴィチ,レイマンからピンチャーまで若手ドイツ人作曲家たちの音楽さえある。

ここ数年間の主な焦点の1つはオペラの仕事であり,デュッセルドルフ及びドゥイスブルグ,フランクフルト,ミュンヘンの一流ドイツ劇場で定期的に指揮を務め,ミュンヘンではモーツァルトやシュトラウスの作品の指揮を定期的に務めた。

フィンランド,フランス,オランダ,イタリア,ポーランド,スウェーデンにおいても客演を務め,ダルムシュタット州立劇場を退いた後2年間は,北オランダ管弦楽団(北ネーデルランド管弦楽団)で音楽監督を務めた。

日本では,NHK交響楽団や読売日本交響楽団とも長年にわたる関係を持っている。


 

<小野明子>

 12歳から英国メニューイン音楽院に単身留学し,メニューインに7年間師事。

文化庁芸術家在外研修員,ロームミュージックファンデーション奨学生としてウィーン国立音大,大学院で研鑚を積む。

2000年メニューイン国際ヴァイオリンコンクールシニア部門で優勝し,一躍注目を集めるほか,ビオッティ・バルセシア,フォーバルスカラシップ・ストラディヴァリウス各コンクールで優勝,エリザベート王妃,パガニーニ,シゲティ国際各コンクール入賞。

1996年,ロンドンロイヤルアルバートホールで開催されたメニューイン80歳記念ガラコンサートにてロストロポーヴィチ,ムター等と出演。

1998年ユニセフガラコンサートでのメニューイン指揮・エッセン・フィルハーモニー管弦楽団とのメンデルスゾーン協奏曲は絶賛を受け欧州各国に生中継された。

これまでミンツ,アルブレヒト,ソンデッキスら著名指揮者のもとでワイマール交響楽団,ベルギー国立管弦楽団,リトアニア室内楽団,リル国立交響楽団,コスタリカ国立交響楽団,ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ等と多数共演。

ボヤスキー,シュワルツベルグ,フリッシェンシュラーガー,小林武史,小林健次ら各氏に師事。

 

<NHK交響楽団>

1926年10月5日,プロフェッショナル・オーケストラとして,前身の新交響楽団が誕生した。

以来80余年,新交響楽団は日本交響楽団の名前を経て,1951年に日本放送協会(NHK)の全面的な支援を受けることとなりNHK交響楽団と改称,現在に至っている。

この間,ジョセフ・ローゼンストック,ヘルベルト・フォン・カラヤン,エルネスト・アンセルメ,ヨーゼフ・カイルベルト,ロヴロ・フォン・マタチッチ,フェルディナント・ライトナーなど世界一流の指揮者を次々と招へいして,日本を代表するオーケストラとしての実力をつけるとともに話題のソリストたちと共演,歴史的名演を残してきた。

また,1960年以来29回にわたる外国公演や旬の作曲家たちへの作品委嘱,CD等の世界レーベルからのリリースなど,その活動は国際的に高く評価されている。

近年のNHK交響楽団は,年間54回の定期公演(NHKホール,サントリーホール)をはじめ全国各地で約120回のコンサートを開き,その模様はテレビ,FM放送で日本全国に中継されるほか,国際放送を通じて世界中に紹介されている。

現在,NHK交響楽団が擁する指揮者陣は,名誉音楽監督シャルル・デュトワ,桂冠指揮者ウラディーミル・アシュケナージ,桂冠名誉指揮者ウォルフガング・サヴァリッシュ,名誉指揮者オットマール・スウィトナー,ヘルベルト・ブロムシュテット,正指揮者 外山雄三,若杉弘である。