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モーツァルト作曲 指揮:ブルーノ・ワルター 演奏:コロンビア交響楽団 1959年1月 スタジオ録音
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<推薦評> モーツァルトの交響曲は,番号が付いているだけで41曲,その他を含めると完成しているもので50曲以上,断片を含めると約70曲となる中で,わずか2曲だけが短調で書かれており,第40番はそのうちの1曲である。 余談だが,モーツァルトの交響曲のなかには偽作があり,第2番,第3番,K.98の3曲で,私自身もモーツァルトの交響曲全集を2種類持っているが,これらはやはり含まれていない。 話は戻るが,この第40番の交響曲は,モーツァルトの後期3大交響曲(第39番〜第41番)の真ん中の作品に当たる傑作で,1788年,モーツァルト32歳のときの作品である。 この交響曲に先立つこと15年,交響曲第25番が作曲されたが,この交響曲は先ほどの短調で書かれたもう1つの交響曲で,いずれもト短調で書かれている。 ここで取り上げる第1楽章は,大変に有名なヴァイオリンによる主旋律の主題と,それに従う他の弦楽群は切迫感が印象的な曲づくりとなっている 指揮のブルーノ・ワルターであるが,ユダヤ人であるワルターは,戦中にドイツから亡命しアメリカに渡り活躍(家族はナチスドイツに拘束され処刑),戦後ヨーロッパに戻り活動の幅を広げて引退。 引退後に彼の才能を認めるアメリカのCBSが,彼のためにコロンビア交響楽団を組織し,スタジオでのステレオ録音をワルターの健康に配慮した形で残した。 ワルターの現存する録音の中でステレオ録音については,そのほとんどがコロンビア交響楽団とのスタジオ録音であり,正に人類の至宝とも言うべき録音群で,ベートーヴェンやブラームスの交響曲全集,モーツァルトやマーラー,ドヴォルザーク,ブルックナーの交響曲集など,どれもこれもが名演揃いで,クラシックの録音史上の金字塔とでも言うべきものである。 これらコロンビア交響楽団とのスタジオ録音群の特徴として,それ以前のワルターの演奏と比較し,角が取れてワルターらしさを残し,全体的にゆったりとした演奏となっている。 さて,この交響曲の演奏であるが,正に歴史上燦然と輝く名演として衆目の一致するところで,晩年のワルターの至芸を感じさせる大変に優れた演奏と言える。 ワルターはヨーロッパ時代(戦前及び戦後)にウィーン・フィルとのモーツァルトの録音を数多く残しており,モノラルながら本当の意味での彼を代表する録音はそれらに譲るところだが,コロンビア響とのステレオ録音では優れた録音技術に加え,近年の驚異的なリマスタリング技術の進歩の効果もあって決してヨーロッパでの録音に引けをとらない記録となっており,放送の関係上ステレオ録音であるこの演奏を聴いていただいた。 この第40番をはじめとして晩年のモーツァルトの3大交響曲は,モーツァルトのみならず全ての交響曲の頂点となる金字塔と言っても過言ではなく,成熟したモーツァルトの音楽として素晴らしいものばかりで,僅か2ヶ月の間に書き上げられたとは思えないほど,異質の3曲で,それ以降に交響曲を書かなかったことを鑑みると,天才モーツァルトの交響曲分野での集大成とも言える。 特に,2曲しかない短調の作品(ト短調)の1つのこの第40番は,その演奏表現が難しいとされている。 ワルターのこの演奏については,冒頭の第1主題からその旋律と和声の魅力を十分に引き出しており,その大きく包み込む演奏はト短調であるにも関わらず,暖かさすら感じてしまうほどであり,非常に端正な仕上がりと言えよう。 最近の傾向として,この第40番の演奏は,エネルギッシュで時に鋭い刃物で引き裂く演奏が多く,時代もそのような演奏を要求している感があると思われるが(古くはフルトヴェングラーの演奏や近年の古楽器の演奏などがそれ),確かにそのような刺激のある演奏も良いのであるが,このような優しく包まれるような,どこか甘い演奏も私は好む(このワルター盤やカール・ベームの演奏などがそれ)。 ワルターの第40番と言えば,何と言っても第1楽章再現部の第211小節のルフトパウゼ(音符にない休符)であるが,前述のウィーンでのライヴ録音が有名であるが,絶妙なテンポの揺らし方はこの演奏でも健在である。 演奏を担当するコロンビア響であるが,前述のとおりワルターのために組織されたオーケストラであることから,正にワルターの手兵であり,彼が求めている音楽に真摯に応えている。 最後になるが,私とワルターとの出会いは中学1年で,ベートーヴェンの「運命」交響曲(演奏はコロンビア響)であった。 当時は当然LPレコードで,カップリングはシューベルトの「未完成」交響曲(演奏はニューヨーク・フィル)。 「運命」の第1楽章冒頭のいわゆる「運命の動機」の2小節目と4小節目(タ・タ・タ・ターンの「ターン」の部分)のフェルマータ(その音だけ伸ばす:演奏者(指揮者)に伸ばし方は任される)の長さに驚愕したものである。 時間にして4秒強という史上最高(多分)の長さで,ちなみにジョージ・セル(演奏はクリーヴランド管)は1.3秒というのだから驚く。 一度視聴あれ。
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