2006年5月14日放送 ☆☆☆☆

シベリウス作曲

 交響曲第2番ニ長調作品43

  指揮:ジョージ・セル

  演奏:クリーヴランド管弦楽団

  1970年5月 ライヴ録音

<推薦評>

 私が,2006年の放送において,新たな特集として「衝撃の来日コンサート特集」を行うきっかけとなったのがこの演奏が含まれている2枚組のこのCDを聴いてからである。

 近年,NHKや東京FMなど,過去の来日コンサートの音源がCD化されることが多くなったことは,私たちクラシックファンとして非常に喜ばしいことであり,さらには録音状態も決して悪くなく(一部悪いとの批評のあるようであるが,海外の同時期の放送用ライヴ録音と比較すると数段良いと思う),正に白熱のライヴが聴くことができるのは,ライヴ録音好きの私にとってこの上ないものである。

 もっとも,このようなコンサートを実際に聴かれた方からしてみれば,CDの音質やそこに隠された多くの情報にも不満もあると思われるであろうが,コンサート記録としては十分貴重なものであると思われる。

 これら来日コンサートのCD群を聴くといつも思うことは,実際のコンサートに行かれた方が羨ましいということであるが,例えば,これから紹介するジョージ・セル指揮,クリーヴランド管弦楽団の1970年の来日コンサートは,確かに私は2歳であり,物理的に聴くことはできないものの,この時期におけるコンサートの質の高さにただただ驚愕してしまう。

 さて,セル・クリーブランド管の演奏と言えば,少しでもクラシックを知っている方であれば,「正確無比な演奏や統率力」というイメージがあると思われる。

 ある意味,そのセルの演奏スタイルは,アンサンブルの観点からは万人に訴えるだけの説得力を有しているわけで私も同調できるが,逆の意味では面白味に欠けるという印象も拭えない。

 これまで私は,前者のアンサンブルの観点よりも後者の面白みがないという観点から,あまり好んで聴いていなかった指揮者で,ドヴォルザークやシューマンの一部の演奏を除いてCDも数多く持っているわけではなかったのであるが,このCDを購入し,これまでのセルの印象を改めなければならないと素直に感じた。

 このCDシベリウスの交響曲第2番は,1970年に開催された大阪万国博覧会に合わせて来日コンサートを行った際の演奏で,同時期にはカラヤンも来日しており,正にこのシベリウスの演奏を行っている当日(1970年5月22日)には,東京の別会場(日比谷公会堂)でカラヤンが指揮をしているという,何ともすごい状況にあったものだを改めて思う。
本題の演奏の内容についてであるが,全体を通じてストレートに感情が伝わってくる非常に

 のびやかで新鮮な印象を感じさせ,相変わらず,セルの演奏は正確無比な完璧なアンサンブルを聴かせながらも,無味乾燥な演奏ではなく,オーケストラを駆使してセルの自在の表現の世界で大きな感動を作り上げているものである。

 第1楽章から,セル独特の軽快で非常に歯切れの良いテンポで進んでいき,クリーヴランド管の澄んだ音色が十分に味わうことができ,一方で弦楽器の響きは非常に分厚いものとなっている。

 ところが,音楽の作りが恣意的なわけではなく,清潔な印象は持つものの,私が抱いていたセルの作り出す音楽の冷たさについては微塵も感じさせないところが,この演奏の不思議なところであり,これは第1楽章だけではなく全楽章通じての印象である。

 幻想的な第2楽章についても非常に透明感があり,これは今までベスト盤と思っていたベルグルンド指揮,ヘルシンキ・フィルの演奏と双璧である。

 シベリウスの音楽の特徴でもある叙情性などは,ベルグルンドの演奏よりも除外されているがそれも第3楽章までで,第4楽章からは今までの緊張感溢れる演奏が非常に硬質な金管群の咆哮とともにクライマックスを迎え,そのドラマティックな演奏は多大なるエネルギーをもって推進していき,聴く者を圧倒するほどである。

 セルという指揮者が,ここまで感情を移入した演奏を聴くことがなかった私にとって,驚きを与えたとともに,今までの印象を大きく変えてしまった。

 曲にのめり込んでいくにつれ,とうとうセルの内面の大変厳しい感情がついに溢れ出し,それでもセルの特徴でもある正確無比な演奏や統率力は何ら変わらずに進んでいくと,必然的に圧倒的な力感と高揚感が目の前に表れてしまうのである。

 曲のイメージや様々な背景はこの際どうでもよく,クールで叙情的な演奏は,セルには珍しく最後は高揚感溢れる極めて攻撃的な演奏と化しているのである。

 いやはや,このようなお腹いっぱいの演奏をセルが聴かせてくれるのも,ライヴならではなのかもしれないが,とにもかくにもこのようなコンサートがこの日本で行われていたこと自体が大きな出来事であり,CD化されたことに感謝したい。

 なお,同日に演奏されたベルリオーズのラコッツィ行進曲についても,別途記したいと考えている。