クラシックにくびったけ  
     

E・H・グリーグ
 

ピアノ協奏曲イ短調作品16

【特選】
  ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル
  指揮:ロヴロ・フォン・マタチッチ
  演奏:モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団
  録音:1974年

【推薦①】
  ピアノ:ディヌ・リパッティ
  指揮:アルチェロ・ガリエラ
  演奏:フィルハーモニア管弦楽団
  録音:1947年

【推薦②】
  ピアノ:アルトゥール・ルービンシュタイン
  指揮:アルフレッド・ウォーレンステイン
  演奏:RCAビクター交響楽団
  録音:1956年

【推薦③】
  ピアノ:ラドゥ・ルプー
  指揮:アンドレ・プレヴィン
  演奏:ロンドン交響楽団
  録音:1973年

【推薦④】
  ピアノ:クライディオ・アラウ
  指揮:コリン・デイヴィス
  演奏:ボストン交響楽団
  録音:1980年

【推薦⑤】
  ピアノ:クリスティアン・ツィマーマン  
  指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
  演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  録音:1982年

【推薦⑥】
  ピアノ:ホルヘ・ボレット
  指揮:リッカルド・シャイー
  演奏:ベルリン放送交響楽団
  録音:1985年


【解説】
 この曲は,グリーグが完成させた唯一のピアノ協奏曲(後に2番目のピアノ協奏曲を書こうとしましたが断念し,この曲の改訂を何度も行っております)であるとともに代表作で,初期の25歳の時の作品であります。
 私の世代では,中学校の音楽の授業で取り上げられたことで,非常に印象に残っております。
 CDなどでは,同じイ短調の調性を持っているシューマンのピアノ協奏曲とカップリングになることが多いです。
 曲は伝統的な3楽章形式で書かれており,第1楽章はソナタ形式で,非常に印象的なティンパニのクレッシェンドに導かれてピアノの序奏が悲劇的に登場し,その後にオーボエで第1主題が現れ,さらにグリーグらしい抒情的な第2主題が現れます。
 コーダの最後は,冒頭のピアノ序奏部分を再現して圧倒的な終幕を迎えます。
 第2楽章は複合三部形式の緩徐楽章となっております。
 第3楽章はロンド・ソナタ形式で,前の楽章からアタッカによって繋がっており,軽快で大規模な楽章となっております。

【推薦盤】
 この曲の特選盤は,リヒテルの独奏,マタチッチ=モンテ・カルロ国立歌劇場管の74年の録音で決まりです。
 この曲を中学校の授業で聴いて以来,なかなか当時のLPを買うまでには至らなかったのですが,ようやく社会人になってからCDを購入したのがこの演奏と,後に紹介するルプー盤でありました。
 この曲の印象としては,スケールの大きい曲であるといったものでしたが,実はそれは間違いであったことに気づいたのは,このCDの後にルプー盤を聴いたときでした。
 何が言いたいのかというと,この曲が大きいスケールなのではなく,この演奏のスケールが大きかったということでした。
 そもそも,この曲に対する演奏家や聴き手としての入り方というのは様々であると思われます。
 例えば,調性がシューマンのピアノ協奏曲と同じという関連は当然ですが,曲自体の純粋さ,また大衆性への理解なども挙げられます。
 この曲自体,この時代の協奏曲としてはコンパクトに見られがちですが,この演奏を聴いていますと,リヒテルはこの曲を壮大な協奏曲として位置づけていると思われ,それによってこのような演奏となったのではないでしょうか。
 演奏では,リヒテルらしいスケールの大きい演奏が随所で展開され,さらに非常に豊かな表情に加え,尋常ではない気迫も感じられ,この曲の新たな魅力を紹介しております。
 また,そのような多彩な表現をしているソリストを支えている指揮者のマタチッチも素晴らしいです。
 曲に大きなスケールを与えるといった意味合いでは,指揮者とピアニストという立場は違うもののマタチッチも負けていなく,マタチッチの数々の名演がそれを証明しているわけで,この演奏もしかり,リヒテルというソリストを迎えてさらに巨大かつ強靱な演奏を披露しております。
 このような極めて男性的な演奏ながら,曲の優しさを失わないものとなっているのが,このコンビの特徴であります。

 次に,少々古い録音となりますが,リパッティの独奏,ガリエラ=フィルハーモニア管の47年のモノラル録音をお薦めしましょう。
 リパッティのピアノは非常に若々しく,情熱と叙情性が溢れる演奏となっており,自発性も強く,モノラル録音という以外,欠点が見当たらない録音であります。
 このような才能溢れるピアニストが,若くして亡くなったことが非常に悔やまれます。

  次に,王道的演奏として,ルービンシュタインの独奏,ウォーレンステイン=RCAビクター響の56年の録音をお薦めしましょう。
 ルービンシュタイン全盛期の録音ということもあり,堂々とした風格ある演奏となっており,テンポは遅めを採用していることが落ち着いた印象を与え,表情も富んでおり,模範的な演奏を繰り広げております。
 録音はさすがに最新のものと比較すると劣りますが,さほど気にならない程度の水準であります。
 私が初めてこの曲のCDを購入したのが,ルプーの独奏,プレヴィン=ロンドン響の73年の録音です。
 上記のルービンシュタイン盤が王道的な演奏であるとすると,ルプー盤は定番中の定番の演奏で,繊細なルプーの表現が際立っており,非常に美しい演奏であります。
 大げさな表現は一切なく,透明感の高い演奏で,カップリングのシューマンのピアノ協奏曲同様に名盤と言えましょう。

  万人にお勧めできる演奏として,「ロマン派最後の巨匠」と言われたアラウの独奏,デイヴィス=ボストン響の80年の録音をお薦めしましょう。
 アラウは上記のとおり,ロマン派の音楽を得意としており,グリーグのこの協奏曲や,この曲のカップリングのシューマンの協奏曲,ピアノ曲はもとより,ベートーヴェンやブラームスなどにおいても見事な演奏を披露しております。
 そしてこの曲は,何と3度の録音(他にガリエラ=フィルハーモニア管(57年),ドホナーニ=コンセルトヘボウ管(63年))を残しており,私が唯一所有しているこの演奏が最後の録音であります。
 80歳を目の前にしたアラウの演奏は正にロマンティシズムに溢れ,曲想に非常に合致した非常に立派な演奏となっております。
 また,伴奏のデイヴィスはアラウを敬愛しており,この後もベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(オーケストラはドレスデン国立歌劇場管)を録音するなど,非常に息の合ったコンビネーションがこの曲でも聴くことができます。

 次に,ツィマーマンの独奏,カラヤン=ベルリン・フィルの82年の録音をお薦めしましょう。
 デビュー間もないツィマーマンの若々しい演奏が繰り広げられており,この頃からスケールの大きい演奏を披露しております。
 また,カラヤンの伴奏も非常にゴージャスで,独奏者のスケールとマッチした演奏となっております。

 私があまり好まないピアニストの1人に,キューバ出身という異色ピアニストのボレットがいます。
 リストなどの一部のロマンティックな曲(例えば愛の夢第3番など)は,彼の持っている芸風がピッタリとはまるのですが,他の古典派の独奏曲や,多くの協奏曲では彼の良さが分からない演奏が多いのですが(チャイコフスキーのピアノ協奏曲は正直聴く気になれません),この曲のシャイー=ベルリン放送響との85年の録音は素晴らしいの一言で,曲調とボレットの芸風がマッチした,非常にロマンティックに仕上がっている名演で,カップリングのシューマンのピアノ協奏曲と同様にお薦めできる逸品です。
 また,指揮者のシャイーですが,この録音の頃は非常に才能を感じさせる指揮者で,カラヤンやバーンスタインの亡き後は,彼を中心にクラシック界が回るような予感もありましたが,ベルリン放送響の後にコンセルトヘボウ管のシェフになってからは,何故か彼が指揮すると,どの曲も明るくなってしまう印象があり,残念ながら90年代以降の彼の演奏は若かりし頃の期待を裏切ったものばかりで,非常に残念です。